昭和49年09月02日 朝の御理解



 御理解 第69節
 「信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。」

 私は最近思いますのですけども、例えば教祖様にして信心は見やすいものじゃと言う事が、言われなさった。その教祖のお心のうちが、推察出来るような気がします。とにかく只々有り難うして有り難うしてと言うのですからね。しかも大きな願いと言うのは、只人が助かる事さえできればよい。又は天下国家のことを願われる。そういう大きな信心の見地に立って、そしてそれが有り難うて有り難うてと言うのですから、もう信心は難しいと言う事ではなくて。
 ただ見易う見易いというよりも楽しゅうして、有り難うしてと言う事ではないかと思うんです。いわば願う氏子におかげを授けと、仰せられる様な所を如実に示しておられる。そこで私は最近思うんですけれども、二十五年間の合楽の信心は矢張り難しかったとこう思うです。それは二十五年間の信心の稽古を、まぁ二十三年の人もおりゃ五年の人もありますね、十年又はなら二十五年と人がありますけどもです。矢張り難しかった。けれども見やすう信心が出来る所の、基礎作りであったとそんな感じがする。
 低い所から高い所へ水を引くような感じの信心から。高い所から低い所へ水が落ちていくような信心に、合楽の場合変わってきた。いわゆる表行的な信心から言うなら心行的な信心になってきた。ですから信心の例えば何たるかと、いわば信心は結局本心の玉を磨く、本心を清めていく以外にない。その清める事が改まる事が、又は磨いて行く事が楽しゅうなってきておる。そういうふうな信心を頂いてきて、それまでがいわば難しかった。それを分かるまでが難しかった。
 そういう一つの基礎の上に立った信心で、始めて見やすいと言う事になるのじゃないかと思う。もう誰が何と言うても絶対迷わない。十年と信心が続いたらわが心を奉れと、自分で自分の心を奉れと。先日の熊谷さんのお話じゃ無いですけれども、他人の事を願っておる、自分の身内を事を願っておる。その願いが同じであると言う事に気が付かせて貰うて、新たに有り難くなったというのですね。
 神様がいうならば、高い所から低い所へ水が流れる様なスムーズさと、一つの水がこう流れていく、その高い所から低い所へ流れていく激しさというか、激しく流れる。それが、私は今の合楽の状態じゃないかとこう思う。とにかくここ一二ヶ月の間に、御信者さんがどれだけいみったか分らん。昨日なんかは両方の御結界で、ずうっとお届けしっぱなしでしたよ。私はいつも四時の御祈念の時に、四時の御祈念も出来ずに、やんがて五時近くまでお届けしてました。そりゃもう九州中から参ってましたですね。
 そして殆どが昨日の場合は、お礼参拝でしたみんな。まぁ一日だからお礼参拝。それが本当に不思議な不思議なおかげを頂いておる。言うなら日々が奇跡の連続のような、おかげと言うのはそれこそ神様が、高い所から低い所へお恵みの水を流しておられるような感じであり、しかも激しさを感じる。昨夜の月次祭なんかでも、私お説教台の上に立ってから、見知らぬ人が多かった、と言うような勢いでです。今合楽の一つの御比礼というものが、変わってきた。
 昨日は丁度ご祈念の終わった後に、久留米の近見市長がお参りになっておられました。あちらで、テープをジャンジャン聴いてますから、聞こえんのですもう半分も聞こえんのです。お届けをなさっておられますまぁ大体、市政の事の様であった。又は台風が近づいてきた。そのことに対するお願いのようであった。だからその二つその事だと思うて、お取次ぎさせて頂いて、何ですかと聞いてもわからんのです。
 私が耳が遠いから大体が。本当に私は久留米市民の幸せを願うてからの、願い祈りと言う様な願いは神様は聞き届けて下さると思うですね。おかげで台風もそれこそこう行きよるとが、かどになって曲がるごと曲がってしまったでしょうが。昨日は福岡からお参りをして、この方は西新教会の総代をしておられれる方なんですが、先日から福岡の進藤市長ですか、の所に自分は早稲田大学時代の、先輩か何かだそうです。
 そんな係わり合いがあるから、久留米市長のあのインターハイの時のお天気のお繰り合わせを願われたことを、ここに参ってきた時に聞かせて貰うた。それで福岡市でいろんな行事があると必ず雨が降る。五日あるなら二日は必ず降ると言う位に降る。いうならば雨乞い行事のような、だから福岡市民のために、どうぞ一辺合楽に参ってお願いに行ってくれと言うて頼んできた。そしておかげの泉を一冊あげてきたら、大変喜こばれたと言うて、昨日お届けしておられます。
 昨日は伊万里の竹内市長もお参りされた。東京からの出張の帰りのお礼参拝である。本当に例えば、久留米市とか、福岡市とか、伊万里市の市長さん方がです。合楽の信心を本当に、段々分からせて頂いてです。神様が大きな意味合いでの、合楽示現活動の先鋒をです、そういう有力な方達がおかげを頂くことになったら、私はそこん所を最近は激しい勢いだなとこう思うのです。
 昨日は久留米の、井上さんのお届けですけれども。ここのテープを持って近所に、東町教会と言う教会があります。立派な教会です。そこの近所に住んでおられますから、どうでも一つまぁ何時のテープであったか知りませんけども、テープをあちらの先生に聞いて貰いたい。そんな気持ちで行かれてそしておかげの泉を読んで下さいと言うたら、さっそく読まれた。実は今日ここにテープを持って来ておりますが、聞かせて頂けるなら聞かせて下さいと言うてその言われた。
 これなんか実に激しい一つの何ものかにです、私共がそういう衝動と言うものが、どこから起きて来るかと。そう言う様な働きが、合楽全体の上に起きておる。昨日延岡から、車三台に分乗して、この方達は皆んながお礼参拝です。おかげの泉でおかげを受けておる人達ばっかりなんです。お礼お届けの中に、延岡教会長先生のお初穂も、一緒にお礼お届けとしてあった。信者が助かる。もう思いもかけない所にです、こう火が飛んでいく様にと言うか、いわゆる光の輪と言うものが、広がっていきよる。
 そりゃ本当に成程私はすさまじい神様の働きだなと思うです。そういう働きのあっておる時でからです。いうならば信心が非常に見やすうなってきた。私はこう言う事をです、見やすうと言うのじゃないかと最近思います。昨日お月次祭が終わりましてから、高橋さんと、繁雄さんと三人で、まぁお茶を頂きながら話たことですけれども。どういう訳に今合楽で、こういう奇跡が起きておるかと。
 どんなに考えてもです、二十五年間という間、例えば沈黙を守らせておられたという神様の心の底と言うものをです、思うて見る時にいうならば、今日のためにであったと言うことである。それは世界で大宗教といわれる、キリスト教とか仏教という、所謂御釈迦様とかキリスト様が出られる時に、大変なご修行をなされ大変な人が助かった。所が大変な素晴らしい教えも説かれたけれども。世の中は一つも良くはならなかった。益々今日の様な所まで、追い込まれてきた。
 しかも追い込まれて追い込まれて、もうそこに最近の私の言葉で言うとです。地球に死相が現れるほどしの事になってきた時にです、そういう時期に私が生まれ合わせておったというのじゃなくて、私という者を神様がです、六十年前にこの世に生み出されておるという事を思うて見る時です。今日のために私はあったんだという気がするんです。それで、神様の願いであるとろの、人間氏子の助かり幸せと言う事を願いに願われ、そのために、こう言う様な生き方になれば幸せになるぞと説かれたけれどもです。
 何千年経っても一つも世の中がいけなかった。そう言う様な事に、必ず成って来るとお釈迦様は、末世の時代が必ず来ると言っておられた。キリストはあの黙示録から六千年前の予言を、又キリストもそのままです、必ず最後の審判があると予言してきた。だからですしっかり信心しておかげを頂だかにゃいけないぞと言う事を、説きに説き明かしたけれども、世の中は愈々末世の様相を呈してきた。最後の審判があるだろうと、想像されるようなです、いうならば末期的な症状が地球上に現れてきた。
 そこで神様はです。痛い思いをさせてからでも、少しばかりの人間でも、この世に最後の審判の下る前にです、いよいよ末世になる前にです。少しはましな人間の、神を信じての生活の出来れる、人間を創らねばならんという時、その時代に、私は生まれ合わせた、と言うことなんです。六千年もの事と思うけども、神様の目からご覧になりゃ、六年にしか当たらないと言う。しかも現在はその六千年のです、五千九百七十いうなら五年あまりの年月が流れておる。
 その間にずい分と、釈迦もキリストも素晴らしい極楽に行けれる、天国に行けれる教えを説いたけれどもです。その極楽も天国も夢のように、むしろ世の中というものは、地獄の様相を呈してきたという。しかも時間が無い。神様の目からご覧になりゃ、もう時間の問題なんだ。そういう時間の問題そういう時に、私はおかげを頂いておるというか、そういう時代に、私に神様の大きな願いと言うものがかけられている。
 一人でも多くの神を信ずる、いうならばお芝居なんかの、筋がほとんど勧善懲悪ということであります。善を勧めて悪を懲らしめるというのが、殆ど昔のお芝居なんかの筋は、全部そうです。悪人がはびこってもう九分九厘、お家でも横領されるかと言う事になった時にです。それこそどんでん返しで、いうなら善人が勝っていくという。これは芝居だけではない、今の地球上にそれが言えるのです。
 人間のいうならば浅はかな知恵で、神も仏も信じない人達が、殆どである現在。人間の知恵やら力で、それこそもうまさに出来ると思われるように、文明文化と言うものが進展して発展した。そしてそこで愈々大詰めと言うか、これではいけない事に気が付いてきた。もうそれもあとわずか二十五年に押し迫ってから気が付いてきた。そういう気が付いてきたという時にです、そんならば是からはどういう生き方にならせて頂いたなら、良いかと言う事を、説かせて頂くのであるから。
 本当にです地球上の人間の、総氏子と言いたい所だけれどもです。言うて聞かせて分かるものだけでも助けたい、地上に残したいと言うのが、天地乃親神様の願いである。そういう大きな願いにかけられての合楽ですから、いうならばおかげが見やすく受けられるような時だと言うことです。ですからおかげを先に立てて愈々信心を、いわゆる合楽示現活動に、お互いが参画させてもろうてです。おかげを頂いていかなければならん。
 今朝方お夢の中に私が小さい、まぁ十二三才位なまぁ十二三才ち言うか十才位でしょうか。桃太郎さんの姿を頂いた。そして金光にお出でられますと、吉備団子と言うお菓子を売ってますでしょう。あの吉備団子を風呂敷包みにしてです、こうやって下げておる所を頂いた。これは私自身が愈々もっともっと力を頂いて、それこそ自然のいうならば、吉備団子をです、渡せれる私にならなければならない。
 是はどう言う事かと言うとね、今まで二十五年間、私と信心を共にしてきた。まぁいうなら一年間でもいいですよそれは。こう自力的信心から、他力的信心に変わる前に御神縁を頂いておったと言う方がいいかも知れません。私が極楽の確認と言った様な事を言っとります。それですいうならばです、先日昨日のあの輪を持っておる、今の合楽の信者さん信奉者です。その方達にです愈々合楽示現活動に参画させて、そしてそういう一つの大きな、光の輪を広げて行く事の為にです。
 私はそういう人達に、吉備団子を渡さなければならんのだというふうに思いました。この吉備団子というのは、もうだから全部と言う事じゃ無い、今合楽に御神縁を頂いとる方達だけに、あげれるもんだと言う事。それは自然の働きの中から、生まれてくる吉備団子も、これはもっと尊いけれども、それこそ買うちからでも、与えろという感じがするんです。風呂敷包みに包んであるこう下げとるとが、岡山の吉備団子なんです。買うてきた吉備団子なんです。お爺さんとお婆さんが作ってくれたとじゃないです。
 勿論それも尊いけれどもです、もうそれだけじゃ間に合わん。そこでその吉備団子を、ほんなら、貰えるのは皆さんだと言う事になるのです。その吉備団子こそがです、今まで皆さんが二十五年間本気で信心をさせて貰うて、本気でおかげを頂きたいと思うてです。おかげが右になろうが左になろうが、おかげで力が出来たと言う様な信心を進めて来た。そういう人たちに対する桃太郎さんはです、吉備団子を買うて来てまで準備をしておられるというのです。そこでそれを頂くというあの犬猿雉じゃないですけれども。
 昨日延岡から参ってきた、ある一信者の方がもう主人の方が、医者からもう二、三日の寿命だと言われた人の、私はずうっと御神米を下げよったら、前の方に七体下がった時に、ここにもう全然なかった、御神米がもうヒヤッとしました。その次の方がご神米を受ける御神米がない。ここ箱を見たら箱の中にも入ってない。それでそのことを神様にお伺いさせて頂いたらです、もう死んどるという様な意味のことを頂いたです。
 それでその方に私は申しましたが、もう例えば只どうぞ助けて下さい、助けて下さいじゃもう駄目これはだからね、ひとつ無邪気に縋りなさいと私は申しました。昨日皆さん聞きよんなさる方があったかもしれん。お婆さんですね。何とか癌でもうそれこそ末期症状が、もう何日間の命て。それで延岡から皆お礼参拝して来るから、自分も連れて参ってくれというて参って来とった。
 だから例えばなぁにも分からん無邪気な心でね。孫が爺っちゃま婆しゃまにおねだりをする様に、ああせからしかいま食べたじゃんの、と言うたっちゃ又やらにゃおられん様なもので。だから無邪気な心ですがりなさいよと言うて、お取次ぎをさせて頂きました。ですから今の合楽の方達はです。もう桃太郎さんが吉備団子は買うてからまで用意してあるのですから、桃太郎さんにですお頂戴をしなけりゃいけないでしょう。
 桃太郎さんはどう言うかと、私が鬼征伐についてくるかと、はあついてくるこの純粋さが要ると言う事です。二十五年間私と共に、信心を共にして来ておられる皆さん。本当にです私と共に付いて来るというその人達にです、只下さい下さいだけじゃいかんとじゃもんこれは。それは丁度桃太郎さんと、いわば犬、猿、雉の物語をひとつ思うて下さってです。愈々桃太郎さんが鬼征伐に行くなら、鬼征伐について行く。そんなら上げましょう、吉備団子である。
 私は今朝からそう言う事を頂いて、はあ是は新たな信者さんと言う事にはです、もうそれは疑うても信じなくってもです。お願いすればおかげを下さるというのですけれども。皆さんの場合にはそんな訳にはいかん。皆さんはなぜかと言うと二十五年間も掛って養成された。この時に使おうと思うて育てて下さった。合楽示現活動に参画させたい、いうならば選って選って選り抜かれた皆さんなのですから。だからそういう運動に参画させて頂きます。そんなら上げましょ吉備団子と言う事になると私は思うです。
 そこん所を一つ私はおかげを頂いて、神様の今の合楽で起きておる、すさまじいと思われるような勢いにです、便乗させて頂きながら、示現活動に活躍させて頂くと言う事はです。これはもう愈々もって人の、それこそ熊谷さんじゃ無いけれども、本当に言うならば人類愛です。昨日私高橋さんにも申しました。丁度傍に聡子がスヤスヤ寝てましたから、もう本当に、孫の寝顔ば見とってから、もう本当にたまらんごと可愛い。
 こういう可愛い子供がです、もし人さらいにさらわれたり、誘拐されたりと言う様な事を、新聞なんかテレビなんかで見たり聞いたりするが、本当にこげな子供がもし赤の他人のそういう悪い奴に連れてでも行かれたなら、どういう思いをするだろうかと思うたら、とても人事とは思われない。それこそ人ごととは思われない、そういう心が神心なんです。可愛いと思う心が神心。
 そういう心を私はお互いがひとつ出さなければ、この際いけないと思う。そしてそれこそ後から風が吹いて来る様な勢いで、それで風に送られる様な思いでです、示現活動に参画しなければいけない。その参画をいうならば私に誓う所からです。吉備団子が私は与えられるのではないか。しかもそれはですよ買うて来てでも与えようと言う、いま神様の働きがあっておるのですから。皆さん私と共にです。愈々鬼征伐に出かけさせて頂く覚悟を、そこのほぞを決めなければいけないと思います。
   どうぞ。